林一記、海外から見る「日本」を学ぶ⑧

2. 心中物が自殺を促す

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 遊郭のお得意様は商人や武士だった。当時の身分制度において最下層とされていた商人であるが、実際には非常に豊かであり、その資金力で大きな影響力を発揮していた。

 そのような中には時折、遊女に惚れ込み、身受けを望む者もいた。しかし高額な身代金を支払える者は少なく、そうした客をつなぎとめるための手練手管として、遊女が体の一部を切り落とすこともあった。髪を切ったり、爪をはいだり、さらには指まで切り落としたりして、それを最大限の誠意として客に与えたのである。

 しかし体の切断は儒教においては禁忌である。そこで遊女はまだ客を取らない妹分の振袖新造の爪を切ったり、死体から指を手に入れて、自分のものと見せかけるようになった。

 こうした愛の形はやがて心中へと発展する。おそらくは18世紀の天災や貧困によって誇張されていると思われるが、大勢の愛に狂った男が遊女と心中したという。

 これは一般大衆の関心を引きつけ、やがて心中を題材とした舞台が公演される。特に有名なのは近松門左衛門で、『曽根崎心中』以降、多くの連作が作られた。

 やがて心中は社会問題となり、幕府は心中物はおろか、心中で亡くなった男女の葬式まで禁止するようになる。また生き残った者は刑罰が科され、相手を殺害していた場合は殺人罪が問われた。